のらくろと聞いても、恐らくは50歳以下の人たちにとって、余程の漫画通か実家にその漫画があったので無い限りは、聞いたことも無いかも知れない。田河水泡原作であり、1931(昭和6)年から10年間、少年向け雑誌「少年倶楽部」に連載され、大いに人気を博した漫画である。主人公は、本名を「野良犬黒吉」と言い、通称が「のらくろ」である。のらくろは、大日本帝国陸軍を模した、「猛犬連隊」に二等兵として入隊する。のらくろは、やがて戦地に派遣され、中国兵(恐らくは国民党軍か)を模したと思われる、豚の敵軍と戦いを繰り広げる。のらくろは軍功を重ねて、最終的には大尉(中隊長)で除隊するという流れである。1970年から翌年にかけてテレビアニメが放映されていたようだが、私は小学生の時、親にねだって復刻版の漫画を全巻買って貰い読んだものである。
私は、今は堅いテーマ中心でブログを書いてはいるが、幼少期より漫画も大好きであった。「サザエさん」、「オバケのQ太郎」、「ゲゲゲの鬼太郎」、「ドラえもん」などは小学生の頃よく読んだ。中学生になると、「ワイルド7」、「ブラックジャック」などの他、床屋に行くと、「漂流教室」や「後ろの百太郎」など、今では決して読まないようなホラー系漫画も読んでいた。高校生の頃からは、「ゴルゴ13」が愛読漫画となった。大人になってからは、床屋以外ではあまり漫画を読まなくなったのだが、数年前、ある人から、「キングダム」の第1、2巻をプレゼントされたところ、これが面白く、それ以来、新巻が出るたび買い続けている。
さて、「のらくろ」であるが、戦争中のシリーズには戦後の続編もあって、除隊した後に探偵などで活躍した、民間人のらくろが描かれている。その他、意外なところでも、のらくろは登場している。「信徒の友」という、日本基督教団出版局が発行している月刊誌に、のらくろのイラストと共に、田河水泡氏の講話が連載されていたのだ。私も、1980年代中頃の一時期、同教団の信徒ではなかったが、信徒の友誌を購読していたことがあり、田河水泡氏の記事とのらくろのイラストが掲載されていたことに、軽い驚きを覚えたものである。そう、田河水泡氏は、戦後、イエスを信じるクリスチャンになっていたのである。
田河水泡氏がクリスチャンになった経緯はこうである。後に「サザエさん」で国民的漫画家となった長谷川町子氏は、14歳の時に母親と姉妹と一緒に上京した。幼い頃に父親と死別した長谷川町子氏は、夫の闘病中にキリスト教の信仰を持った母親の影響を受けクリスチャンとなった。その後、女学校(現在の山脇学園)を卒業後、漫画家になりたいと言う願いを叶えようと、田河水泡氏に弟子入りを願い許される。その際、母親が田河氏に、日曜日には娘を教会に通わせて欲しいと願ったことがきっかけとなり、田河水泡氏と妻の高見沢潤子氏も付き添って教会に通うようになる。その後、まず高見沢潤子氏が信仰を持ち受洗、伝えられるところでは、長谷川町子氏よりも熱心なクリスチャンになったと言われる。そして、戦後、夫の田河水泡氏もクリスチャンとなり受洗したのである。
クリスチャンとなった田河水泡氏は、90年の地上での生涯を走り抜け、1989年に天に召された。しかし、同氏が生み出した、のらくろは、1931年に世に出て以来、90年後の今日でも、人々から愛されるキャラクターとして生きている。のらくろは田河水泡氏の残した実であるが、それ以上に、のらくろを生み出した田河氏の人生そのものが、神によって結ばれた実ではなかったか。私たちも、人生において実を結ぶ者とならせていただきたいと願う。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである」(ヨハネによる福音書 15:16 口語訳)