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ポン友と会う(記事No.109)

 数日前、中高生時代からの友人と夕食を共にした。40年以上の付き合いになる親友ではあるが、むしろ、俗な言い方ではあるものの、ポン友(40代以下の人たちは、あまり使わないのかも。)と称するべきか。ちなみに、ポン友とは、中国語の朋友(ポンヨウ)に由来する外来語で、戦前から使われていると聞く。そうなると、その友人の場合は、中国語の老朋友(ラオポンヨウ)と言ったところか。30代の10年間ほどは、彼とはあまり会っていなかったが、この10数年は直近2年間を除き、毎年数回会って積もる話に花を咲かせて来た。今回は、そろそろ過剰な新型コロナ感染予防対策から脱し、久しぶりに会おうということになったのである。

 彼は、ある化学品メーカーの先代社長に嘱望され、10数年前に、その会社の社員から抜擢されて後を襲った。10代、20代の頃には、大きな試練を通ったこともあったが、その経験も、今の彼を形造るためには有益であったのだろう。お互い業種は違えど、中小企業の経営に携わっているということも、話が弾む理由の1つであろう。それに加えて、彼とは、世の中の動きについて、大まかなところでは、お互いの考えが近い。今回も、ウクライナを支配しているのはネオナチであること、新型コロナ・ワクチン接種率が高い国ほど感染者が増えていること等々、世界の動きについての認識が一致した。また、以前から語り合って来たことであるが、先進諸国の中で、日本だけが唯一貧しくなっていることは、政府が国民を搾取する政策を推し進めていることが主因であることも、改めて意見が一致した。

 あえて詳しくは書かないが、東日本大震災の時、彼は合弁会社のある韓国から丁度羽田空港に到着したところだったが、ある有名政治家の夫人と幼い子供たちが、国際線ターミナルに到着したのを目撃した。当時の民主党政権の閣僚であった、その政治家は、彼と同じ出身大学ということで、夫人と共に雑誌に載っていた写真が印象に残っており、黒塗りの車で到着した夫人の顔を識別出来たそうである。地震の結果発生した、福島原発事故の影響を懸念した政官のエリートたちの一部は、国民には真実を伏せながら、自分達の家族は急遽国外に避難させていたのである。このような体験もあって、彼は、青年時代から持っていた反骨精神を深化させ、日本のエスタブリッシュメントらに対しては、厳しい視線を有している。

 このようなポン友であるが、1つ残念な点がある。それは、彼は未だ、イエスを個人的な救い主としては受け入れていないのだ。決して、無神論者ではなく、神の存在は信じているであろうし、また仏教徒という訳でも無い。実は、高校生の頃彼は、自分は無教会派のクリスチャンであると言っていたこともあった。それなのに、その頃に、彼がイエスを明確に受け入れることをしなかったのは、私を含めたクリスチャンにも責任があった。ある時、話の中で彼は、先述の無教会派クリスチャンという話を出したのだが、信仰を持って間もなかった私は、無教会派はどこで洗礼を受けるのかと、愛も知恵も無い応答をしてしまい、話は尻切れトンボに終わってしまった。クリスチャンになることは、地上の組織としての教会に所属することとイコールではなく、イエス・キリストを救い主と信じ、イエスと個人的に繋がることであるという真理について、当時の私は、まるで浅い認識しか持っていなかったのである。

 彼はまた、不思議な体験について話してくれたことがあった。今もそうだと思うが、当時は、キリスト教の異端である、モルモン教の若い白人宣教師が2人1組で、街行く日本人学生などに声をかけ、彼らの教会での無料英会話教室に勧誘することがあった。その友人も、ある時彼らに声をかけられ、時間が無かったのでモルモン教会へはついて行かなかったものの、モルモン経という経典を受け取ったのだと言う。彼は、当時からモルモン教には全く興味は無く、英会話教室であっても通いたいとは思っていなかった。普通なら、押し付けられたような経典など捨てれば良いが、律儀なところがある彼は、返そうと思って後日訪ねようとした。最寄りの駅から歩いて、そのモルモン教会に向かう途中、彼は不思議な光が少し先にあるのを認め、その動きについて行ったのだと言う。その光は、ある建物の前で消えたが、見るとそこは、行こうとしていたモルモン教会ではなく、プロテスタントの教会であった。

 もしかしたら、神の導きかも知れないと思った彼は、呼び鈴を押すと、牧師か牧師夫人らしき女性が出てきた。そこで、今さっきの不思議な体験談を話し、キリスト教系高校の生徒であることも話した。ところが、その女性からの反応は、キリスト教主義の学校に通っているのなら、その学校の関係教会に行った方がいいとのアドバイスであった。自分の不思議な体験を、まともに取り合ってもらえなかったと感じたのだろう。彼は、それ以来、組織として、また、宗教としての教会には足が向かないのだ。その話を聞いた時の私は、先に書いたように、形式を重視する未熟な信仰者であり、神の奇蹟には目が開かれていなかった。彼が不思議な光に導かれて辿り着いた教会の姉妹も、彼の身近な友人であった私も、イエスを紹介する絶好の機会を、みすみす逃してしまったのだ。

 残念なことに、それ以来これまで、彼にイエスを伝える絶妙の機会を作って来れなかった。彼と夫人の間には一男一女がいるが、2人とも小学校からカトリック系の学校に入れている。青年時代に神を求めたことが、魂の記憶として今もなお、彼を神に近づけようとしているのだと思う。今度、彼にイエスを紹介する機会が訪れた時には、自分の考えを押し付ける失敗は繰り返すまい。神は、一人一人をユニークな方法で導いてくださる。不思議な光で導かれる人は少ないのかも知れないが、誰の人生にも、雲の柱や火の柱のような、道標を置いてくださるのだと思う。それに気がつく人、それに目を留めることが出来る人は幸いである。先にイエスと出会った私たちは、神からの知恵をいただいて、良きガイドの役割を果たしたいものである。

「あなたは大いなるかあわれみをもって彼らを荒野に見捨てられず、昼は雲の柱を彼らの上から離さないで道々彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らの行くべき道を照されました」(ネヘミヤ記 9:19 口語訳)