日本を含む西側諸国の政府発表や報道では、ロシアの方に非があるとのスタンスであるが、それは状況を正しく捉えているのだろうか?ロシアの主張は、ウクライナのNATO加盟を認めないと言うことを含む、NATOの東方拡大停止と、ルーマニアに配備されているイージス・アショアの撤去などである。こららの主張をNATO諸国側は拒否していることで、ロシアとしては段階的に軍事的圧力を強めて、力を背景とした外交を進めて来た。NATO諸国も対抗して、ウクライナへの兵器供与などの支援を行なって来た。以前の記事でも触れたが、1962年のキューバ危機と役者が入れ替わったような状況である。1962年には、キューバに核ミサイル基地の建設を進めて来たソ連に対して、ケネディ政権率いるアメリカが、核戦争勃発のリスクを承知でカリブ海上で海上封鎖を行い、結果的にソ連のフルシチョフ政権は核ミサイル基地を撤去し、核戦争は回避された。今回、ウクライナがNATOに加盟することになれば、いつでもアメリカは同国内に基地を設置し、核ミサイルを含む、ロシアを射程内に捉える兵器を配備可能となる。ロシアが、このような事態を断固阻止しようとするのは、当然の反応ではないだろうか。
本記事において、アメリカと書いて来たが、正確には、アメリカに寄生するグローバリストらのことである。断言しても良いが、アメリカの一般国民の大半は、軍人らを含めて、ロシアとの直接軍事衝突など望んでいない。まして、核戦争の危機など、真っ平御免であろう。何も今に始まったことではないが、ワシントンD.C.の政治家や高級官僚らと彼らのスポンサーたちと、アメリカ一般国民の民意との間には、大きな乖離がある。なぜ、そのようなことが罷り通るのかは、エリートを自認する前者に属する者たちの多くは、ワン・ワールドを指向しているからであり、彼らはアメリカ国民に仕えるという意識など、持ち合わせていないからである。そのような状況を打破して、アメリカを国民の手に取り戻そうとしたのが、トランプ氏と彼を支持する国民であった。アメリカの政府や軍の内部では、今も水面下では激しい権力闘争が進行中であろうが、残念なことに、形式的にはバイデン政権がアメリカの外交を担っている。つまり、グローバリストらがアメリカ外交を進めているのである。
なぜ、グローバリストらが、ロシアを挑発し、戦争へと追い込もうとしているのか。それは、彼らの世界統一計画を実現するには、ロシアの存在が邪魔だからである。同時に、自由主義国としてのアメリカも不要であり、米露を衝突させて、双方をすり潰す、あるいは消滅させることが必要と考えているためであろう。精神的に倒錯しているグローバリストらは、自分達が被害を受けない限り、核戦争の勃発を望んでおり、それに向けて動いていると見て良いだろう。2014年6月に、フランスのノルマンディで、第2次世界大戦中のノルマンディ上陸作戦70周年記念式典が開催され、戦争当時連合国を構成していた各国の首脳らが招待された。この時、屋外会場の巨大スクリーンには、第2次世界大戦中の様々な出来事が映し出された。広島か長崎に投下された原爆のキノコ雲が映し出された時、アメリカのオバマ大統領(当時)は、ガムを噛みながら拍手をした。これに対して、ロシアのプーチン大統領は、その瞬間、十字を切っていたのがカメラに捉えられていた。プーチン氏が、ロシア正教の生きた信仰を持っていたのかどうかは分からないが、少なくとも、原爆で殺された多くの人々を悼む気持ちは持っていたのであろう。グローバリストであるオバマ氏と、そうでは無いプーチン氏の、対照的な行動にも象徴されているように、核戦争を望んでいるのは、ロシアの方では無いことは明らかだ。ただし、ロシアは、自国の安全が決定的に損なわれようとするのを、指を咥えて見ているほどお人好しではない。
ここに来てアメリカ政府は、いつでもロシアによるウクライナ侵攻が起こり得るというメッセージを発している。確かにロシアは、臨戦体制を既に整えていると思われる。しかし、これまで挑発して来たのは、既に書いたように、アメリカの方である。ウクライナはNATO加盟国では無いので、例えロシアの侵攻を受けても、アメリカが参戦する権利も義務も無い。その意味では、ウクライナ人には気の毒かも知れないが、短期間の局地戦で終わるべきものである。しかし、グローバリストらは、千載一遇の機会を逃さないであろう。彼らには、ロシアを対アメリカの核戦争へと引き摺り出す計画が既にあり、具体的な道筋も何通りかシミュレーション済みであろう。米露の全面核戦争が勃発するなら、イスラエルも巻き込み、エゼキエル書などの聖書預言が成就することになる。一昨年までは、ここまで一気に終末が近づくとは思っていなかった。神が、恵みの時をもう少し延ばして下さることを、切に願う。私たちは、戦争が回避されるよう、祈らなければならない。
「万物の終りが近づいている。だから、心を確かにし、身を慎んで、努めて祈りなさい」(ペテロの第一の手紙 4:7 口語訳)